トルコと日本の関係

先月の2月24日、当時のトルコ航空のパイロットだった
オルファン・ソユルジュさんが亡くなりました。

1985年イラン・イラク戦争のさなかイランに駐在していた
日本人の救助のためトルコ政府が飛ばしてくれた2機の政府専用機の
1機を操縦した機長です。

日本政府は、日本航空に邦人救助の特別機の手配を依頼しましたが、
あまりにも危険(そういう理由だったかどうかは不明)ということで
JALは、この依頼を拒否。

この時点で、日本人の商社マンなどは、家族と共に、
完全に死を覚悟されたのだろうと思います。

この時に、トルコ政府は、日本のために
イラク空軍に撃ち落とされるかもしれない状況で
イランに飛行機を飛ばしたのです。

日本人を救ってくれたオルファン・ソユルジュさんのことを
みなさん知っていました?

トルコにもし旅行することがあったなら
あの時はありがとうと言っておいてください。

トルコの人は、良識ある日本人ということで、
あなたのことを大歓迎してくれることでしょう!

そして、1890年の出来事のことを語ってくれると思います。

当時ロシアの脅威にさらされていたトルコですが、
1887年の小松宮夫妻のイスタンブール訪問のお礼のため、
オスマン帝国海軍の航海訓練を兼ねて日本へ11ヶ月かけてやってきたのです。

事件は、横浜港からの帰りの航海で起こりました。
オスマントルコの軍艦エルトゥールル号は、
台風に直撃され座礁、沈没しました。

自力で泳ぎ切った船員がたどり着いたのは、
現在の和歌山県東牟婁郡串本町(当時の大島村)です。

大島村の住民が総出で遭難したオスマン帝国海軍の人々を助け、
たどり着いた69名全員を救いました。

日本では、この事故が報道され義援金が集められたそうです。
この義援金を使い日本政府は、この生存者69名を日本海軍の軍艦で
トルコまで送り届けたのでした。

トルコでは、このエルトゥール号遭難事件を知らない人はいないのです。

あのときトルコの軍人を救ってくれた恩を返すのは今しかない!
そんな背景があってオルファン・ソユルジュさんは、
操縦桿を握ったのだと思います。

約100年も前のことを覚えてくれていて
イランに封じ込められている日本人を救えるのは
トルコしかできない。

そんな決断をしたのは、トゥルグト・オザル首相です。
並大抵のことではできない決断だったと思います。
トルコに旅行する方は、名前を覚えておいてください。

エルトゥール号遭難事件の14年後、日本はロシアと戦争をしました。
とても勝ち目のないと思われたロシアに勝った。

このことでトルコの人々は、自国の共通の敵ロシアを
粉砕してくれたということで親日派が増えました。

第一次大戦では、日本は連合国側につき
一時は敵対したわけですが、今でもトルコの方は
親日派が多いらしいのです。

世界史とかでこんなこと習いましたよね?知らないけど。
トルコでは、多くの人が知っている歴史的事実を
日本人はわりと知らないんですよね。

いろんな国に事実でない教科書を作られているだけではなく
謝罪してしまった河野洋平という人は、そう言いさえすれば
我々は忘れようとかいう誘導に引っかかったのではないかと思います。

歴史として習ったことなんか本当かどうかなんかわかりません。
実際に起こった真実が残るとは限りません。

現在、Googleがどうしているのかすら
本当かどうか常に怪しいもんだと思っています。

少なくともトルコの人々の多くは、一連の流れを聞いている。
そして、多くの日本人は、知らないんです。

こんなことで教育がどうこうとか?
体罰がどうこうとか言っている場合ではないですよね!
文部科学省さん。。。

PS.中国人は孔子様を知らなかったりします。
知り合いの中国人がいたら、論語と孔子を知ってるか?
聞いてみてください。

タブン、日本に長く住んでいる中国人以外は知りません。
知らないけど。

あなたが幸福になるためには、ショッピングが大切です。 たのしいショッピングは、こちらから!

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

お申し込みはコチラから!

domo

ページ上部へ戻る