18歳の宣戦布告。国家観なき若者に告ぐ

さて、なんとも右翼的感じに受け取る方も多いかもしれません。
表題の【18歳の宣戦布告。国家観なき若者に告ぐ】は雑誌『正論』に
寄稿された論文の題名です。

日本人の鼓動が響く雑誌です~フジサンケイグループのオピニオン誌「正論」~
定期購読はこちら!



この号だけ購入!
正論 2013年 05月号 [雑誌]

基本的に、フジサンケイグループは、右新聞なわけですから、
こういった論文を載せる訳です。

そして、若い頃、私はこの雑誌を担当していたので、
若干の思い入れもあったりします。

かとって、思想的には、かなり右寄りの部分と
かなり左よりの部分とが混在しているのです。
自分では、これがあたりまえなのですが、
そんなことが当たり前でない人に説明することはできないし、
説明する必要もないと思います。

わたしは、自分では選べない公務を淡々とこなす天皇陛下という人を
人間として尊敬せざるを得ません。

私のように、昼頃、ボサボサの頭で起きてきて、平気で
コンビニとかに行くことが許されないわけですから、
それは不自由な生活を送っていらっしゃると思うわけです。

そう思いつつも、なんだかんだと歴史的に悪い奴らに
操られてしまっているのではないのか?
そんな気もしてしまったりします。

本当のところは、現代を生きている日本人のひとりとして
何もわかっていないかもしれません。

そして、何よりも
わかっているような顔をして人にものを教えている先生という職業が
ことのほか嫌いなわけです。

先生の子供というだけで、友達にはなれないと思いますし、
接したくもないと思うくらいの先生嫌いです。

あのなんでも知っているような顔をした先生というやつの子供で
ろくでもないやつは山ほど見てきました。

タブン、○○○○の親も先生なのだろうと思います。
そんな匂いを感じてしまうのです。

国から給料をもらっているくせに、国歌を歌わない。
こんなのは、決して人にものを教える資格はありません。

自分の職業が恥であると少しでも認識していたら、
少なくとも公の場では、歌いたくなくても歌わなければ言えないと思うのです。

生徒に打ち明けても別に良いでしょう!
自分は、国歌斉唱に疑問を感じていることを話すことは許されても
歌わないことを正当化することは許されないと思うのです。

人間とは、正しいと思うことを貫け通せないこともあるのだと
恥じながら語るのは許せます。

もし、どうしても国歌を歌いたくないのなら、
少なくとも税金から、給料をもらう職業にはつかないで欲しいものです。
私学なら、助成金をもらわない覚悟でやれば許せます。

なぜってそのお金は、私が払っているのですから。
まぁ、ほんのちょっとですけど。

ボストンでは、テロが起こってアメリカは大変です。
自由の国の不自由さでしょうね。

アメリカ国籍を取得したくて努力していた若者。
根底に流れる人種差別。
何が理由か?
真実など誰も知ることはできないと思います。

日本では戦争に全面的に協力してきた教職員が
終戦と同時に手のひらを返したように、戦争は悪いことと教えるようになりました。

全く誰とも戦わない、先生という職業ならではですね。
多くの人は、毎日なにかと戦っているのです。

戦うのが悪いのでは決してない。
負けるのに戦うのが悪いのである!
by ヨッシー

あなたが幸福になるためには、ショッピングが大切です。 たのしいショッピングは、こちらから!

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

お申し込みはコチラから!

domo

ページ上部へ戻る