憲法改正はできないのか?

三島 由紀夫が45歳の生涯を閉じてから今年で45年です。
うちの親も生まれた年が一緒なのでまもなく90歳になります。

楯の会のやろうとしていたことは今となっても
なんだったのかわからないし、民衆にも自衛隊にもに
受け入れられるはずもないと思うのですが割腹自殺は衝撃的でした。

YouTubeで葉隠について語っているところ(4分20秒付近から)が
あるのですがこの辺の解釈もかなり破滅的であります。

「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」
というのはそういう意味ではないでしょ?
と逆に聞いてみたくなったりするのです。

これほど頭のいい人が、なぜこう解釈するのか?
全くわかりません。

三島は、市ヶ谷で憲法改正の機会は永遠に失われたと言っています。
ひょっとするとそうなのかもしれないし、
そうではないのかもしれません。

今年改正することができたら、とってもキリの良い年だと思ったのですが
まだまだ、改正は遠いような気がします。

平和憲法とか何とか言っている人々が天皇制について語らない点は
はなはだ卑怯であって矛盾を感じます。

平和憲法とか言っている人々は、声を大に
天皇制反対を唱えているのと一緒です。
それはたぶん内乱を望んでいるということです。

ある意味では明治維新並みの変革が必要だとも思えるのですが、
この歳になると若いころにはわからなかった天皇陛下の存在の
意義に思い至るわけです。

誰が好き好んで、あんな立場を引き受けられるのでしょうか?
不自由この上ない生活を強いられているのは誰なのでしょうか?

イスラム世界がスンナ派よりものシーア派ほうが
穏健なのと同様に日本でも血を重んじる人々のほうが
穏健なような気がします。

実際には、血がすべてではないはずですが、
血は水よりも濃いのです。

なぜ、日本が平和なのか?
それは民主主義ではないからではないのか?
なぜ、内務省は解体させられたのか?
それは、アメリカにとって必要だったからではないのか?
なぜ、霞ヶ関は腐っていっているのか?
それは、アメリカに腐った官僚が重用されるからではないのか?

全く関連はないのですが、三島由紀夫の割腹自殺と
東電OL殺人事件の根底は、同一のもののように感じてしまいます。

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domo

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